アフリカゾウと地域住民(ヒトとゾウの軋轢)/環境省
こちらのページでは、環境省のサイト野生動植物の保全と持続可能な利用を引用し、アフリカでの人とゾウの関わりについてご理解いただきます。
ここでは、タンザニアで活動されている岩井雪乃先生(早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター)によるコラムをご紹介します。
アフリカゾウの脅威と生きる人びと
~人と動物との共生の模索~
written by 岩井雪乃ゾウ獣害問題
日本の多くの人びとは、アフリカゾウは絶滅の危機に瀕していて、保護すべき動物だと思っているのではないだろうか。しかし、アフリカの中には、ゾウの保護に成功して、その個体数が増え、今では村に入ってきて住民の生活を脅かすようになってしまっている地域もある。
タンザニア連合共和国のセレンゲティ国立公園は、タンザニア政府と地域住民の尽力により、ゾウの保護に成功している保護区の一つである。セレンゲティのゾウ個体数は、1989年に500頭に減少していたが、ワシントン条約によってゾウの国際取引が禁止された後は順調に増え、2014年には6千頭と推定されている※1。
しかし、このゾウの増加とともに生じているのが「ゾウ獣害問題」である。セレンゲティ国立公園に隣接する農村では、ゾウが畑の作物を食い荒らし、さらには人を殺す事件も起こっている。例えば、セレンゲティ国立公園に隣接する県の一つであるセレンゲティ県は、30村(人口合計9万人)がゾウによる農作物被害に遭っており、2019年は過去最多の7名がゾウに殺された。半年かけて育ててきた作物が、一夜にしてゾウに食べられてしまったら、農民は貧困に陥り、生きていく食糧を確保するのに精一杯になる。衣食住の質を低下させ、さらには教育費や医療費も削ってでも生きるために食糧を確保することになり、生活の質が著しく低下する。また、ゾウによる死亡事件は村の中で起こっているため、居住地の周辺でさえも安心して歩くことができなくなり、常にゾウ来襲の恐怖にさらされている。このような被害は、2000年代以降、タンザニアの動物保護区に接する多くの県で増えている。
村びとによる対策——ゾウ追い払い隊——
ゾウ被害に遭っている村の一つであるミセケ村では、ゾウの襲来は年間134日に達しており(2018年筆者調査)、外部からの助けを待っていたのでは生活が成り立たない。そこで農民たちは、自分たちで畑と命を守るために「ゾウ追い払い隊」を組織している。ゾウは、人が寝静まった夜を狙って畑にくるため、追い払い隊は、毎晩毎晩、村に近づいてくるゾウを徹夜で見張っている。雨の日も風の日も寒い日も、休むことはできない。ゾウを発見すると20人ほどで取り囲んで、銃声に近い爆音のする手作りの爆竹器を使ってゾウを脅かして保護区へ戻す(農民たちは、例え威嚇だけでも銃を使うと、密猟者とみなされて逮捕されてしまうため、銃そのものを使うことはできない)。
この追い払い活動によって、ミセケ村ではゾウの被害を大きく軽減することができている。しかし、追い払い活動は、多大な負担を農民に負わせているため、持続可能な対策とはいえない。ゾウから逃げる際の負傷、徹夜が続くことによる体力低下と健康状態の悪化、爆竹器や懐中電灯など装備の費用、他の経済活動を行う機会の損失などである。農民は、追い払いの負担が取り除かれる抜本的な対策を求めている。
村に侵入する象
ゾウ追い払い隊
対策としての個体数管理
獣害対策では、以下の3つの対策を総合的に実施することが必要だとされている。すなわち、1.農地への接近対策、2.加害動物の生息環境管理、3.加害動物の個体数管理、である※2。2.や3.を実施するには、国家レベルの野生動物管理政策が必要になるが、タンザニア政府はゾウを対象に含む獣害対策国家戦略を2020年に策定したばかりで、現時点では、住民によって対症療法的に1.が実施されているのみである。
国立公園に生息する動物は、政府が対策を実施するべきである。ゾウ獣害管理に成功している南アフリカ共和国のクルーガー国立公園では、政府が1.として電気柵を設置し、被害発生を抑えている。ただし、公園内のゾウ個体数が増え続けているので、植生が劣化していると報告されており、このままでは2.の生息環境を保てなくなる可能性がある※3。どこかの段階では、3.個体数管理という手段も必要になってくると考えられる。タンザニア政府によるゾウの保護の成果は素晴らしいものである一方、人と野生動物が共生する社会を作るためには、成功の裏で生じている獣害について、3つの対策が総合的に行われることが求められている。
※1 Tanzania Wildlife Research Institute (TAWIRI) 2015 Population Status of Elephant in Tanzania 2014. TAWIRI Aerial Survey Report
※2 寺本憲之 (2018)『鳥獣害問題解決マニュアル―森・里の保全と地域づくり―』古今書院.
関連資料
- 岩井雪乃 (2018) 「アフリカゾウによる農作物被害とその対策―農民による命がけの追い払い―」『アフリカレポート』56:93-99.
※本コラムは有識者のご意見の一つとしてご紹介するものです。